これから記します、お話しは、主に私が小学6年生のときの、お話しになると思います。
しつこくて恐縮です、私のブログは、やっつけ的な側面をかなり持ち合わせていまして、文章の構成ができあがるのは早くて前々日の夜ぐらいで・・・、いつも書きながら考えるというスタイルなのです・・・、今後も、いきなり脱線し、急遽話題を変更する可能性は充分、ございます、下手をするとタイトルすら、あてにならないのです、ご了承下さい、お許し下さい。
今も、何を書くか、が、わからないライブ状態での書字(入力)作業となっております。
また、いつも申し訳ございません、アップされる写真は、そのときのフィーリングのみで決めており、ブログの内容とは、一切繋がらないことが多いのです、もしかしますと今後同じ写真が複数回、アップされる可能性も充分、ございます、なぜなら、写真のアップに関しまして、何の根拠もなく、よし!今日はこれにしよう!程度であり、厳密な管理を一切していないという状況でありまして・・・、申し訳ございません。
本題に入りたいと思います、
小学生のときの私は、誇るものは何もなく、勉強もダメ、運動も特に目立つものは一切なし、の本当に、何も持ち合わせていない子供でした。
強いて言えば、小学校時代、図画工作だけは、ずっと好きでした(ただそれは片思いのごとく、優れたものがあったわけではなく、一方的に好き、というだけのことでした)。
一つの事を黙々と、こなすのが好きだったのかもしれません、今もあまり変わっていないような気がします。
そんな私でしたので担任の先生も、特に何も(特技を)持たない私を不憫に思ったのかもしれません、何か一つでも、と思ってくれたのだと思います。
私は、当時、標準よりも体が少し大きかったので、相撲なら・・・、と先生の頭を掠めたのだと思われます。
小学5年のときだと思います、何かの折りに、担任の先生より勧められ、何となく相撲部へ入部したと思われます。
そのときは、ただ入部しただけで、強い子は、他にもたくさんいましたので、特に目立つわけでもなく、
正直言いますと、小学5年の時は、ほぼ幽霊部員だったと思われます。
中途半端なのですが・・・、続きです。
今後予定されている投稿(記事)
(現時点で思いついているブログのタイトルです、順番はあてになりません、お許しください(備忘のためのメモとなります)。さらに違うものの投稿が先になる可能性も充分あります、お許し下さい)
下手をすると投稿すらされない可能性も充分ございます、なぜならタイトル先行で現時点で内容は全く考えていないからなのです、
さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。
「番外編 赤ん坊なのに銀行マンと呼ばれていたあの頃」
「I am 坊主 小僧の悲しき釣り物語」
「異常事態発生 アンチ紹介会社 雨後の筍状態の巻」
「犬の糞擦りつけられ事件 涙の帰宅道の巻」
「内助の功 頑なに拒むの巻」
「コンプレックス編 色白小僧の下地作り ピエロ時代も含めて」
この写真は、おそらく箱根のどこかにあるバラ園だと思い
ます。
自分でも怖いくらいに溺愛癖があります、この写真も私の
中では、「親バカシリーズ、溺愛癖編」となります。
毎度毎度ブログの内容とは繋がらな写真です、
お許し下さい。
