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地獄の銭湯 間一髪で溺死を回避してもらった幼児の話し 1

最初にお断り申し上げます。

 

この話しは、正直、ほとんど自分の記憶がありませんし、ある意味、面白くもおかしくもないかもしれません、ただ、単純に生きていて良かったと素直に感じることができる我が人生の中の一つのお話しなのです、お許し下さい。

 

おそらく3歳にも満たない頃の出来事だと思われます。

 

なんとなく、その記憶が残っているような気もしなくもないのですが、その記憶は、後に家族から聞かせてもらった話しを頭の中で、勝手に作り出した記憶である可能性が非常に高いのです。

 

なので、父君様と母上様からのお話しを中心にして、ブログを展開していこうと思います。

 

家族の中では、何気ない日常の笑い話の一つとして処理された、悲しき幼児の物語でもあるのです。

 

当時住んでいた家の近くに、確か七福湯という名前の銭湯がありました。

 

本題に入る前に思い出を少し、お話し致します。

 

当時の銭湯ですので、大きく、高い煙突があり、その煙突の脇には金属製のハシゴがついていました。

 

うっすらとした記憶ではあるのですが、随分と高いその煙突脇のハシゴを昇っている大人がいるシーンを見た記憶があります。

 

昼間であり、なんとなく小学校の帰りだったと思われるのですが、その銭湯は我が通学路にはなかったので、遊びがてら、寄り道がてら中の出来事だったのかもしれません。

 

極度の高所恐怖症である私は、そのシーンをドキドキ、足はガクガク状態で見ていた記憶がなんとなく残っています、なんて度胸のある大人がいるのだろうかと・・・。

 

はたして、銭湯の経営者の方であったのか、何かしらの業者の方であったのかは、今となっては調べようもなく、不明でございます。

 

申し訳ございません、思い出話しが長くなり続きは次回となります、お許し下さい。

(次回の前半も少し思い出話しが続くと思います、お許し下さい)

 

続く

 

 

 

 

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さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。

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