前回からの続きとなります。
心優しき方は、そのような状況にあった私が可哀想に、かつ、愚か者にうつるかもしれませんが、当の本人は、願ってもいない話しで、まさに渡りに船の状態でした。
もちろん、兄や姉には、よくしてもらった記憶の方が多く、感謝の念こそあれ、恨み等の感情は、一切ありません。
WinWinの関係だったのです、なぜなら前回のブログにも記しましたように、マグロ等の高級ネタより、それらの方が好きだから、しかも未だに、だからなのです。
いきなり話しが、ぶっ飛びます。
日頃、なぜか、めちゃくちゃなアナロジー(類推)を心掛けている自分がいるのです、お許し下さい。
今回、「寿司ネタ・・・ 重宝された小僧の物語」を記すにあたり、記憶をたどったときに、感じた事、過った事、となります。
世の中に流布されてから久しい「価値観の多様化」という、お言葉があります。
勝手に、ない頭を絞り、数分、考えました、自分流に短めに解説すると、そのお言葉は、「幸福を感じる対象は、人それぞれ(バラバラ)」となるのかなぁ、と思いました。
まさに、重宝された小僧にとって幸福を感じる対象は、玉子等だった、というだけのお話しだと思いました。
要は、本人が何に、重きの価値(玉子等に価値を見出している)を置くのかという視点です。
もう一つ、頭に過ることがありました、
正確に当時(歴史)の状況等を捉えていないと思いますので、話し半分でお読みいただけますと幸いです、私の独自の勝手な解釈に近いです。
「江戸後期(幕末)、金より銀の方に価値を見出していた(正しくはそれらの交換比率の関係と思われます)日本から、金の大量流出が起きてしまった」こと。
価値観の違いが、これほどまでなのか、と、まざまざと感じる自分がいるのでした。
(抗えぬ価値観・・・)
大袈裟な与太話も過ぎたような気がしてなりません、忘れて下さい・・・。
完
次回予告、
「地獄の銭湯 間一髪で溺死を回避してもらった幼児の話し」
以下は今後の投稿予定のタイトルです。
下手をすると投稿すらされない可能性も充分ございます、なぜならタイトル先行で現時点で内容は全く考えていないからなのです、
さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。
「相撲小僧 摺り足と股割りと蹲踞の日々」
「番外編 赤ん坊なのに銀行マンと呼ばれていたあの頃」
「I am 坊主 小僧の悲しき釣り物語」
「異常事態発生 アンチ紹介会社 雨後の筍状態の巻」
「犬の糞擦りつけられ事件 涙の帰宅道の巻」
「内助の功 頑なに拒むの巻」
「コンプレックス編 色白小僧の下地作り ピエロ時代も含めて」
先日、家族で行った鷺ノ宮にあるや台ずし、という
お店です、前回ブログの写真のパート2です。
鬼のように酒がつよい息子です。この日は日本酒に
も突入しました、今日も今日とて、また潰されるの
では、と不安が過る自分がいました。
