一度、拾ったパチンコ玉、2~3発をいい加減に打ったことがあります。
なんと、そのいい加減に打った球は、天釘を素通りして中央の最も見返りが多い箇所に入ったのです、さらにさらに同じ個所に連続で入りまくったのです。
ガンガン玉がでてきてあせったことを今でも覚えています。
あっという間に当時あったドル箱ではない小さいほうの玉を入れるケースは一杯になりました。
たまたま通りかかった、その日調子が悪かった父から、「代われ、俺に任せろ!」と予想通りの声掛けがありました。
その台は、お言葉通り、父に任せ、私は下心たっぷりに景品場のおもちゃを物色しはじめました。
が、皆様の予想通り、私がおもちゃを手にすることはありませんでした・・・。
全て、次回からの軍資金になるであろう父の財布の中に、父の虎の子として・・・。
もうその頃には、私は見様見真似で釘まで見るようになっていたのです、でもそれは見れるという意味ではありません、あくまで見ていただけなのです。
デジタルではなくアナログ時代は、釘師の方が釘調整をして出玉をコントロールしていたのだと思います、どの業界でもそうかもしれませんが、自分の性質上もすごく寂しいのですが、神通力さながらの能力を所有する職人がだんだんと減ってきていると・・・。
当時、私が通っていた小学校は比較的真面目な子が多かったと思います、なのでこのような事は当時、友達に話したことは一度もありません。
さすがに少し後ろめたく、下手をすれば軽蔑ということが怖かったのだと思います。
ちなみに大人になってからの私は、諸々のギャンブルを一切やりません。
いわゆる博才というものが自分にあると感じたことが一度もありませんので、勝てる気がしないことも大きな理由の一つです。
なのでトータルなんかで考えると悲惨な成績だったと強く思います。
若い頃に散々打ちのめされました。
また、大人になってからは税理士試験受験、家族や友達、日々の仕事(実務)、それらに充てる時間を優先したかったというのが一番の理由だと思います。
少年が店内を堂々と闊歩しても、何も言われない大らかな時代でした。
今となっては夢物語です、そんなにキレイな話しではありませんが。
「パチンコ嫌々事件」は、そろそろ終わりにしたいと思います。
とある日の牛タン定食です。
ブログの内容とは繋がらないです。
お許しください。
テーマとしては
「妻との休日お散歩、少し早い晩酌編」
です。
