私の父は建具職人で、一人親方として私たち家族を養ってくれました。
私が小学6年のときに家族で問題となったのは、誰が父の請求書を書くか(手書き時代ですので)、でした。
父は生粋の職人でした、字を書くことに苦手意識を持っていたことが原因です。
それまでは母が請求書を書いていたのですが、当時はもうかなりハードなパートさんでしたので根を上げるのはしょうがないことだと、家族全員がわかっていました。
確か微妙な空気がお茶の間にながれたと記憶しています。
束の間の沈黙の後、あろうことか最年少の私に白羽の矢がたってしまいました。
うまくおだてられ、調子に乗り、その気になってしまったのです。
今、考えると、無鉄砲というか、モノを知らないというか・・・、よくやり始めたと思います。
おかげで「障子」「襖」等の漢字は死ぬまで、忘れないと思います。
父が現場で書きなぐった大学ノートに濃い鉛筆で記された障子、いくつ、単価いくらの文字を解読しながら複写式の請求書を作成しました。
おそらく25歳ぐらいまでは続けたと記憶しています。
今でも大学ノートを見ると、父のことを思い出します。
後年振り返ると自分は小6から既に経理マンだったのかと・・・。
