小6から経理マン 税理士になったきっかけ 1

 

私の父は建具職人で、一人親方として私たち家族を養ってくれました。

 

私が小学6年のときに家族で問題となったのは、誰が父の請求書を書くか(手書き時代ですので)、でした。

 

父は生粋の職人でした、字を書くことに苦手意識を持っていたことが原因です。

 

それまでは母が請求書を書いていたのですが、当時はもうかなりハードなパートさんでしたので根を上げるのはしょうがないことだと、家族全員がわかっていました。

 

確か微妙な空気がお茶の間にながれたと記憶しています。

 

束の間の沈黙の後、あろうことか最年少の私に白羽の矢がたってしまいました。

うまくおだてられ、調子に乗り、その気になってしまったのです。

今、考えると、無鉄砲というか、モノを知らないというか・・・、よくやり始めたと思います。

 

おかげで「障子」「襖」等の漢字は死ぬまで、忘れないと思います。

 

父が現場で書きなぐった大学ノートに濃い鉛筆で記された障子、いくつ、単価いくらの文字を解読しながら複写式の請求書を作成しました。

 

おそらく25歳ぐらいまでは続けたと記憶しています。

 

今でも大学ノートを見ると、父のことを思い出します。

 

後年振り返ると自分は小6から既に経理マンだったのかと・・・。